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スマホが変えた「読み取る」という行為 - ポケットの中のスキャナー

かつて「読み取り」は専門家の仕事だった

2000 年代初頭まで、白黒の模様を読み取るには専用のスキャナー (数万円) が必要でした。工場の作業員、物流の担当者、病院のスタッフなど、業務で使う人だけが持つ専門機器でした。一般の人が模様を読み取る機会はほぼゼロ。模様は「業務用の技術」であり、消費者の日常とは無縁の存在でした。

この状況を一変させたのがスマートフォンです。2007 年に初代 iPhone が登場し、高性能なカメラが全員のポケットに入りました。カメラ + 処理能力 + インターネット接続。この 3 つが 1 台の端末に揃ったことで、専用スキャナーなしで模様を読み取れるようになったのです。

2017 年の転換点 - iPhone が標準対応した日

スマホで模様を読み取ること自体は 2010 年頃から可能でしたが、専用アプリのインストールが必要でした。「アプリを入れてください」というハードルは、一般消費者にとって意外と高いものです。転換点は 2017 年、Apple が iOS 11 で標準カメラアプリに読み取り機能を搭載したことです。

アプリのインストール不要、カメラを向けるだけ。この「ゼロステップ」の体験が、模様の利用を爆発的に広げました。レストランのメニュー、イベントのチケット、商品の詳細情報。「カメラをかざすだけ」という手軽さが、あらゆる場面での活用を可能にしました。Google も Android の標準カメラに同様の機能を追加し、世界中のスマホユーザーが模様を読み取れる環境が整いました。

スマホ普及率と模様の利用率は比例する

世界のスマホ普及率は 2024 年時点で約 68% (約 55 億人) です。この数字は、そのまま「模様を読み取れる人の数」に近いです。先進国ではスマホ普及率が 80-90% に達しており、ほぼ全員が読み取り可能です。

興味深いのは、発展途上国での活用です。銀行口座を持たない人々が、スマホの模様決済で初めて金融サービスにアクセスできるようになりました。ケニアの M-Pesa、インドの UPI など、スマホと模様を組み合わせた決済サービスが、数億人の経済活動を変えています。専用のインフラ (ATM、カードリーダー) がなくても、スマホさえあれば決済ができる。この手軽さが、途上国での金融包摂を加速させています。

スマホがなかった時代には不可能だったこと

スマホ以前の世界では、以下のことは不可能でした。レストランのテーブルから模様をスキャンしてメニューを見る。チラシの模様からクーポンを取得する。名刺の模様から連絡先を一瞬で登録する。美術館の展示物の横にある模様から解説を読む。これらはすべて「全員がスキャナーを持っている」という前提があって初めて成立するサービスです。

逆に言えば、スマホを持っていない人はこれらのサービスから排除されます。高齢者、子ども、経済的にスマホを持てない人。デジタルデバイド (情報格差) の問題は、模様の普及とともに顕在化しています。便利さを享受する一方で、取り残される人がいることを忘れてはいけません。

次の「読み取り」はメガネ型デバイスか

スマホの次に「読み取り」を変える可能性があるのは、AR グラス (メガネ型デバイス) です。Apple Vision Pro、Meta の Ray-Ban Meta スマートグラスなど、メガネをかけるだけで目の前の模様を自動的に読み取り、視界に情報を重ねて表示する技術が開発されています。

スマホを取り出す、カメラを向ける、という動作すら不要になる未来が見えています。ただし、AR グラスの普及にはまだ時間がかかるでしょう。価格、バッテリー、社会的受容性 (メガネ型カメラへの抵抗感) など、課題は山積みです。当面はスマホが「ポケットの中のスキャナー」として活躍し続けるでしょう。