Qraft (クラフト)

白と黒の四角が世界を変えた話 - 自動車工場から生まれた大発明

始まりは「バーコードが遅い」という不満だった

1990 年代初頭、愛知県にあるデンソー (現デンソーウェーブ) の工場では、自動車部品の管理にバーコードを使っていました。しかし、バーコードには大きな問題がありました。線の太さと間隔だけで情報を表す横一列の仕組みなので、1 枚に入る文字数がごく少ないのです。流通で広く使われる EAN-13 なら数字 13 桁が上限で、部品番号も製造日も工程も持たせようとすれば、1 つの部品に何枚ものラベルを貼り、1 枚ずつ読み取るしかありませんでした。作業員は 1 日に何百回もスキャナーを構えることになり、現場の負担は小さくありませんでした。

「1 回のスキャンで、もっとたくさんの情報を読み取れないか」。この素朴な疑問が、世界を変える発明のきっかけになりました。発明は華やかな理論からではなく、目の前の困りごとを本気で解決しようとする姿勢から芽生えることが少なくありません。開発を任されたのは、当時 30 代のエンジニア原昌宏さんと、わずか 2 人のチームでした。

囲碁の盤面からヒントを得た

原さんのチームは、バーコードの「横一列」という制約を取り払い、縦と横の 2 方向に情報を持たせる 2 次元コードの開発に着手しました。しかし、2 次元にすると「どこが始まりで、どこが終わりか」をコンピュータに教えるのが難しくなります。

ヒントは意外なところにありました。原さんが昼休みに囲碁を打っていたとき、碁盤の上に並ぶ白と黒の石のパターンが目に入りました。「碁盤のように、白と黒のマス目で情報を表現すればいい」。さらに、4 つある隅のうち 3 つだけに大きな四角い目印 (ファインダーパターン) を置く構造を考案しました。3 つの目印が見つかれば模様の位置と大きさが決まり、目印のない残り 1 隅との違いから傾きと向きまで判別できます。だからこそ、どの角度から向けても瞬時に読み取れるのです。

1 年半で完成、そして特許を開放した

開発開始から約 1 年半後の 1994 年、2 次元コードは完成しました。1 つの模様に入る情報量は桁違いで、数字なら最大 7,089 文字、英数字なら最大 4,296 文字まで格納できます。読み取りはバーコードの約 10 倍の速度で、しかも誤り訂正の仕組みを内蔵しました。誤り訂正の強さは 4 段階から選べ、レベル H ではデータ (コードワード) の最大約 30% が欠けても元の内容を復元できます。油や傷で汚れやすい工場でも読めることが、実用テストでの成功を支えました。

しかし、最も重要な決断はこの後に下されました。開発したデンソー (現デンソーウェーブ) は、模様の仕様を公開し、特許権を保持したまま行使しないと表明したのです。1999 年には日本工業規格 (現在の日本産業規格) の 2 次元コードとして承認され、2000 年には ISO の国際規格にも採用されました。規格に従う限り、申請もライセンス契約もなしに誰でも使える状態が生まれたのです。特許料を取っていれば莫大な収益を得られたはずですが、囲い込まずに開放したことが、かえってこの技術の価値を何倍にも高めました。

日本の工場から世界のスマホへ

最初は自動車工場の部品管理だけに使われていた白黒の模様は、やがて物流、医療、食品管理へと広がりました。転機は 2002 年ごろ、日本の携帯電話に模様の読み取り機能が搭載され始めたことです。カメラ付きの携帯電話そのものは 2000 年に登場していましたが、撮った画像から模様を解析して URL やメールアドレスを取り出せるようになったことで、一般消費者にも身近な存在になりました。

2017 年、Apple が iPhone のカメラアプリに読み取り機能を標準搭載したことで、世界中に爆発的に普及しました。2020 年のコロナ禍では、非接触でメニューを表示したり、ワクチン接種証明を管理したりする手段として、この技術は社会インフラの一部になりました。愛知県の工場で 2 人のエンジニアが始めたプロジェクトが、30 年後に世界 80 億人の生活を変えたのです。

開放された技術が世界共通の道具になるまで

無料で使えるだけでは、世界共通の道具にはなりません。この模様が国境を越えて通じるのは、規格の文書が公開されていて誰でも仕様を確認でき、規格どおりに作れば手元の機器でも他社の機器でも同じように読めるからです。開発元のデンソーウェーブは、権利を開放したうえで、産業用の読み取り機器という自社の事業を続けました。技術を誰にでも開くことと、その技術で稼ぐことは両立したのです。

2014 年、原昌宏さんを含む 5 人の開発チームは、欧州発明家賞 (European Inventor Award) を受賞しました。受賞したのは、インターネットによる一般投票で選ばれる「ポピュラー・プライズ」部門です。日本の製造現場の困りごとから生まれた仕組みが、20 年後にヨーロッパの人々の投票で選ばれました。技術の価値は、独占することではなく、広く使われることで最大化される。この発明は、そのことを証明しています。