お札を QR コードリーダーで読み取ると何が起きるのか
日本のお札に QR コードは印刷されていない
結論から言うと、日本の紙幣 (日本銀行券) には QR コードは印刷されていません。2024 年に発行された新紙幣 (渋沢栄一の一万円札、津田梅子の五千円札、北里柴三郎の千円札) にも、QR コードは採用されませんでした。
紙幣の偽造防止技術としては、ホログラム、すかし、マイクロ文字、特殊インク (角度によって色が変わる)、凹版印刷 (触ると凹凸がある) などが使われています。QR コードは偽造防止技術としては採用されていないのです。
理由はいくつか考えられます。QR コードは誰でも簡単に生成できるため、偽造防止の役割を果たしにくい。また、QR コードを読み取るにはスマートフォンが必要であり、紙幣の真贋判定を「スマートフォンを持っている人」に限定するのは現実的ではありません。
QR コードが印刷された紙幣は存在する
日本のお札には QR コードがありませんが、世界に目を向けると、QR コードが印刷された紙幣は実在します。
世界初の事例はナイジェリアです。ナイジェリア中央銀行は 2014 年 11 月 12 日、国家としての成立から 100 年を記念する 100 ナイラ紙幣を発行しました。裏面に QR コードが印刷され、発行当時はスキャンするとナイジェリアの歴史を紹介するサイトにアクセスできました。紙幣そのものの偽造防止ではなく、「記念コンテンツへの入り口」としての QR コードです。
ただし、この方式には紙幣ならではの弱点があります。QR コードが指し示す先は紙幣の外にあるウェブサイトで、運営が終われば読み取っても何も表示されません。紙幣は長い年月にわたって流通するため、券面の QR コードだけが先に意味を失っていきます。券面のスペースにも限りがあり、QR コードを置けばその分だけ偽造防止のための要素と場所を取り合うことになります。QR コード付きの紙幣が記念発行にとどまり、日常の流通紙幣へ広がらなかった背景には、こうした事情があります。
QR リーダーは反応しないが、コピー機は反応する
お札に QR コードリーダーを向けても、何も起きません。読み取りアプリは、三つの隅にある四角い切り出しシンボルと、白黒のセルの並びを画面の中から探します。お札にはそのパターンが印刷されていないため、アプリは読み取る対象が無いと判断して待ち続けるだけです。エラーも警告も出ません。
ところが、QR コードとは別の仕掛けなら、機械はお札にはっきり反応します。コピー機やスキャナで紙幣を複写しようとすると、途中で処理が止まったり、警告メッセージが表示されたりすることがあります。
その一つが「EURion constellation (ユーリオン模様)」と呼ばれる、紙幣に印刷された特殊なパターンです。小さな円が特定の配置で繰り返し印刷されており、カラーコピー機やスキャナがこの配置を検出すると、紙幣の複製を防止するために動作を止めます。
Adobe Photoshop で紙幣の画像を開こうとすると、開けないという通知が表示されることがあります。ただし、こちらは EURion 模様の検出ではありません。各国の中央銀行が共同で設立した団体が設計した偽造抑止システム (CDS) が組み込まれていて、紙幣に埋め込まれた電子透かしを検出するとされています。EURion 模様を消した画像でも検出されることが実験で確かめられており、両者は別の仕組みです。
つまりお札には、コピー機に向けた模様と画像編集ソフトに向けた電子透かしという、目に見えない機械向けの目印が二層で入っています。人の目に見えない情報を機械に読ませる点は QR コードと共通しますが、QR コードが人へ情報を渡す入り口である一方、こちらは複製を止めるための目印です。同じ機械可読でも役割は正反対です。
将来、日本のお札に QR コードが載る可能性は?
キャッシュレス決済が普及する中、紙幣の役割自体が変化しています。将来、日本のお札に QR コードが印刷される可能性はあるのでしょうか。
可能性として考えられるのは、偽造防止ではなく「情報提供」の目的です。たとえば、新紙幣の肖像画の人物について、QR コードをスキャンすると詳しい経歴や業績が表示される。渋沢栄一の一万円札をスキャンすると、渋沢栄一の生涯と日本経済への貢献が分かる。紙幣が「動く教科書」になるイメージです。
ただし、実現のハードルは低くありません。改刷の主目的は偽造防止技術の更新であり、情報提供のための QR コードはその動機に直接つながりません。載せたとしても、参照先のサイトは紙幣より先に運営が終わり得ます (ナイジェリアの記念紙幣と同じ問題です)。さらに紙幣は誰もが等しく使える必要があり、読み取り機器を持つ人だけが受け取れる情報を券面の要素にすることは、その要請と衝突します。QR コードが紙幣に載る余地があるとしても、偽造防止の代わりではなく補助的な位置にとどまるはずです。
紙幣よりも硬貨の方が QR コードと相性が良い?
紙幣に QR コードを印刷するのは技術的に容易ですが、硬貨に QR コードを刻むのは難しいとされてきました。しかし、精密なレーザー加工技術を使えば、硬貨の表面に極小の QR コードを刻印することが可能です。
実例もあります。オランダ王立造幣局 (Koninklijke Nederlandse Munt) は 2011 年 6 月、現在の建物と敷地が 100 周年を迎えたことを記念して、QR コードを刻んだ硬貨を発行しました。公式の硬貨に QR コードが刻まれたのはこれが世界初とされ、発行当時はスキャンするとその硬貨の歴史とデザインを紹介するサイトにアクセスできました。ナイジェリアの記念紙幣と同じく、目的は偽造防止ではなく記念コンテンツへの案内です。
硬貨の QR コードは、紙幣よりも耐久性が高いという利点があります。紙幣は折り曲げや摩耗で QR コードが読めなくなるリスクがありますが、金属に刻まれた QR コードは長期間にわたって読み取り可能です。コレクターズアイテムとしての記念硬貨には、QR コードとの相性が良いと言えるでしょう。